京大タテカン見学の記録

撮影:2018年5月5日

公開:2018年5月15日

日本国憲法23条「学問の自由は、これを保障する」、この条文は今日の大学自治の根拠となっています。「公安警察立入禁止」のタテカンもむなしく、最近の京都大学は校内に機動隊を入れるなど、大学の自治の考え方を転換しつつあります。そして2018年5月1日、京都大学は京都市の命令を受け、学校内外の「違法掲示物」の強制撤去に乗り出す考えを打ち出しました。しかし、このやり方が本当に正しいのか、大学の内外でいま議論を引き起こしています。今回はタテカン撤去に揺れる京都大学を見学して、大学自治のこれからを考えます。

文責:Y.Toriyama(info@torisfactory.com)

百万遍からスタート

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鴨川沿いの出町柳駅から10分ほど歩いて、東大路通と丸太町通が交わる百万遍の交差点にたどり着いた。するとさっそくタテカンが見えてくる。京都大学らしさを感じるも、今日立っている看板をじっくりみるとなんだか違和感が。

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珍しく(?)毛色の違う看板を見かけたから写真を撮った。「違反広告物撲滅へ」と書かれたこの看板は、「ルール」に違反したタテカンを取り締まる「ボランティア」のものらしい。つまり、タテカンにはタテカンで対峙するのが京大スタイルなのである。タテカンは「左翼」のものだけではなくて、学生誰でもが公正に意見を発表できる公開討論の場なのである。(ちなみに、「京・輝き隊」でネット検索をすると、どういうわけか京都市のホームページにたどりつく)

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百万遍交差点には、学生の看板だけでなく、京都大学職員組合のタテカンもあった。ただ、なんとなくこの看板はきれいすぎるように思えた。手書きの看板とはやはり雰囲気が違う。ちなみにこの看板も5月14日時点では撤去されている。

百周年時計台まえ

景観条例でタテカンは取り締まれない

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京都大学が学生の立て看板を撤去するのに用いる論理がは、京都市の景観条例である。京都市ではコンビニもパチンコ屋も外観がにぎやかだと景観条例に基づいて指導される。この景観条例を以って、京大周りのタテカンは古都のイメージにそぐわないから撤去する、という理屈であるようだ。ただ、学生による意見看板を商業広告物などと一緒くたにして「違反広告物」として排除するのはどこか間違っているように思われる。

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それに、こうしたタテカン文化は昨日今日に始まったことではない。京都大学の自由の学風を象徴する、京大独自の表現方法として長年続けられてきた「路上パフォーマンス」なのである。このタテカンには「何が景観条例だ 俺が景観だ」と書いてある。「俺が景観だ」というのは少し独りよがりな感じがしないでもないが、少なくとも景観の良し悪しを判断するのは大学の周りに住む市民であって、市や大学職員ではない。これは私の推測であるが、今回大学当局と京都市がタテカンの撤去に乗り出したのは、この辺りに新しく開発される住宅や老人ホームなどの資産価値が下がらないように配慮する必要があったからではないかと考えている。この辺りに昔から住んでいる人は、タテカンのある風景をうるさいともやかましいとも思わないほど慣れ切っているはずである。京都市が恐れているのは、他所から引っ越してくる人がものものしさを嫌悪することなのであろう。

校門に撤去の貼り紙が

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大学当局の通告書が剥がされ、この校門横にある大学の歴史を語るレリーフに貼り付けられている。この皮肉が意味するところは少し解りかねるが、大学も歴史を踏まえ自己批判をしろ、ということだろうか。

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タテカン・ストリート(東一条通)

立て看を守り抜く!

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「コレがオレたちの景観」「撤去すると増えます」と挑発的な、5月1日の大学側の動きに対する抗議のタテカンである。キャップをかぶったゴリラの絵は、おそらく山極学長を揶揄したものであろう。日本学術会議の会長でもある山極学長は、大学が軍事研究をすることに反対をするなど、国家権力から大学を守る仕事もしているのだが、ここではあまり評価されていないらしい。

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皮肉が効いているのが、「ピーポくん」の隣の某首相「立て看を守り抜く!」。似顔絵の上手さとモジりのチョイスにセンスを感じた。アラビア語やロシア語(?)らしき文字がいくつか見られる。一般市民に向けた看板であるはずなのに、自分たちにしかわからない言葉で書いてしまうのは、インテリの悪い癖である。普通の人にはちょっと嫌味に感じられてしまう。ちょっと残念だ。

通告書を撤去せよ

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立て看板を撤去するようにと書かれた大学当局の通告書。その上に貼られた同じ体裁の「通告書」は大学当局へ向けられたものである。

	通告書

 本通告書を、直ちに撤去するか、
または、京都大学は、自由の校風に
沿って、魅力ある大学を設置して
ください。そのままになっている場
合、学生が失望します。

		平成30年5月1日

「公安警察は立入禁止」の意味

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いまや京大名物(?)となってしまった「公安警察は立入禁止」のタテカンはこの時まだ健在であった。私もこれを初めて見たときには、ものものしいな、と近づきがたいものを感じたが、大学の自治の問題を真剣に考えると、この漢字と赤字だらけの角ばったものものしい看板は、意味のあるものだと理解することが出来る。今でも時折、学問への政治の介入ということが疑われたりするが、戦前はそれ以上に国による支配を免れることなどできなかった。とくに私立大学より国立大学の場合は、教職員の人事権は政府にあったため、教員は自由な研究や発言を行なうことができなかった。しかしそんな重苦しい帝国主義の時代にあっても大学人たちは学問の自由を守るために奮闘した。たとえば1933年には文部省の不当な休職命令に反対して、教授ら16名が集団退職する滝川事件を起こしている。

このタテカンでいう「公安警察」とはまさに、大学に介入しようとしてくる国家権力・政府のことを指している。そして、「立入禁止」という強い語気には戦後民主主義が獲得した、日本国憲法23条「学問の自由は、これを保障する」の精神が書き込まれているのである。

戦後、多くの大学では学問の自由を保障するために大学内のことは大学内で解決する、という大学自治をつくりあげた。ただしかし、東大紛争のように最後には警察権力が大学内に進入し、自治の原則を突き崩した。こうした不当な政治的介入を二度と許さないという怒りと決意が「公安警察は立入禁止」というものものしさに表現されているのである。

タテカンをどんどん作ってどんどん立てよう

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「立て看板をどんどんつくってどんどん立てよう」この願いはむなしく、タテカンの数は往時に比べだいぶ減ってしまった。以前は政治・哲学系以外のサークルの立て看板もたくさん見られたように思うのだが、やはり当局の指導が入るとおとなしく片付けてしまう学生も多いのかもしれない。こうしてひとつひとつ看板が減ってゆくと、「彼ら」は本当にマイノリティになってしまう。これは彼らの切実な願いなのかもしれない。

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2018年5月5日時点のタテカンストリートには往時のにぎわいは見られなかった。

総合人間学部棟まえ

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吉田南構内にあるタテカン。「俺を入学させたからにはこの壁がただですむと思うなよ」たしかに大学にとっては面倒な輩を入学させてしまったわけである。というのは、この看板の作者を取り締まるのが面倒だというよりは、こうした看板から京都大学の自由な学風に触れ、わざわざ浪人までして全国各地から入学してくる「予備軍」が「面倒」なわけである。いまやどこの大学に行っても看板やチラシを使った自己主張は禁止されているところが多いから、なにか自分なりの考えを持つ学生は京大にやってくるしかないのである。京都大学は「そういう大学」だから、いくら規制をしたところで無駄なのかもしれない。

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この看板も雨風にさらされながらも、長いこと総合人間学部の建物の前に立っている看板である。ただ、これもきれいに撤去されてしまったらしい。

東大路通沿い

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大学によるタテカン規制に反対する各団体が名を連ねるこのタテカンには、花びらのような小さなメッセージカードが貼り付けられている。自由な表現の場としてのタテカン、京都大学らしさである。

つまらぬ貼り紙

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大学当局によるつまらぬ貼り紙。いまやどこの大学にもあるような学生自治封じの貼り紙。京都大学もつまらぬ大学になったものだ。

 本学構内において、学外者による勧誘行為、ビラ
配布、拡声器などを使用して大音量を発する行為、
その他教育研究活動を妨害する一切の行為を禁止し
ます。
 これらの迷惑行為を行った個人又は団体に対して
は、大学構内への立ち入りを禁止するなど、厳正に
対処します。
				京都大学